751~800

生命すててかからねば、まことの理解には入れん道理
身慾信心では駄目
いのち捨てねば生命に生きられん道理
二道二股 多いと申してあらう

悪も神の御働きと申すもの
悪にくむこと悪ぢゃ
善にくむより尚(なお)悪い

弥栄(いやさか)と云ふことは歩み一歩づつ喜び増して行くことぞ
喜びの裏の苦に捉はれるから判らんことに苦しむのぢゃ
苦と楽 共に見てよと申してあらう

偶然の真理、早う悟れよ

大切なもの一切は、神が人間に与へてあるでないか
人間はそれを処理するだけでよいのであるぞ
何故に生活にあくせくするのぢゃ
悠々、天地と共に天地に歩め
嬉し嬉しぞ

一日が千日と申してあらう
神を知る前と、神を知ってからとのことを申してあるのぞ
神を知っての一日は、知らぬ千日よりも尊い

始めは自分本位の祈りでもよいと申してあるなれども、何時(いつ)までも自分本位ではならん

止まると悪となるぞ
神の理(ミチ)は弥栄(いやさか)ぞ
動き働いて行かなならん

善と悪との動き、心得なされよ
悪は悪ならず、悪にくむが悪

内にあるもの変へれば外からうつるもの、響いて来るもの変って来るぞ
内が外へ、外が内へ響くのぢゃ

760

妻にまかせきった夫、夫にまかせきった妻の姿となれよ
信仰の真の道ひらけるぞ
一皮むけるぞ
岩戸ひらけるぞ
富士晴れるぞ

真理を理解して居れば心配いらん

失敗も財産ぞ

真剣で求めると真剣さずかるぞ
求めるとは祈ること
よく祈るものは よく与へられる
日々の祈りは行(ぎょう)であるぞ
百年祈りつづけても祈りだけでは何もならん
それは祈り地獄ぢゃ
祈り地獄 多いのう
肉体人は肉体の行(ぎょう)せねばならん
日々の祈り結構いたしくれよ
次の祈りは省みることぞ
いくら祈り行じても自分省みねば、千年行じても何もならん道理ぢゃ
同じ山に登ったり降ったり、御苦労のこと、馬鹿の散歩と申すもの
悔いあらためよと申してあらう
省みて行ずるその祈り弥栄(いやさか)えるぞ

間違った心で信心すれば、信心せんより、も一つキビシクえらい事がみち(満ち)はじめみつ(満つ)ようになるぞ

悪口云われだしたら結構が近づいたのざと申してあろ悪口は悪の白旗ざぞ

此処は先づ苦労(今はまず苦労)、その苦労に勝ちたら、己に克ちたら魂磨けるぞ
段々と楽になって嬉し嬉しとなるぞ

今迄は神様も別れ別れで勝手にしてゐたのであるから、神様の申された事にも間違ひとなることあったのぢゃ、今でも神様はウソを申されんのであるが、和合なく離れ離れであったから、自分の目で届くグルリは、自分の力の中では誠であっても、広い世界へ出すと間違ったことになってゐたのぢゃ
神のお示しが違ったと申して其の(その)神様を悪く申すでないぞ
今の上に立つ人も同様ざぞ
心得なされよ

神示(ふで)が肚に入って血になると、何が起って来ても結構であるが
始(はじめ)の内は、ちょっとの事で迷いの雲が出て悪のとりことなって苦しむぞ
悪はないのであるが、無い悪を人民の心から生むのざぞ
悪のとりことなって苦しむが見へてゐるから、苦も結構なれど いらん苦はいらんぞ
神示(ふで)よく読んで苦を楽とせよ
楽は喜びぞ
苦のハタラキが楽ぞ
楽は喜びぞ、光ぞ、神人共の喜びぞ
楽で岩戸開けるぞ
苦しんで開く岩戸は誠の岩戸でないぞ

今日(こんにち)までの御教(みおしへ)は、悪を殺せば善ばかり、輝く御代が来ると云ふ、これが悪魔の御教ぞ
この御教に人民は、すっかりだまされ悪殺す、ことが正しきことなりと、信ぜしことのおろかさよ
三千年の昔から、幾千万の人々が、悪を殺して人類の、平和を求め願ひしも、それははかなき水の泡、悪殺しても殺しても、焼いても煮てもしゃぶっても、悪は益々ふへるのみ、悪殺すてふ其のことが、悪そのものと知らざるや
神の心は弥栄(いやさか)ぞ
本来 悪も善もなし、ただ御光(みひかり)の栄ゆのみ
八股おろち(ヤマタノオロチ)も金毛(九尾の狐)も、ジャキ(邪気)も皆それ生ける神、神の光の生みしもの
悪抱きませ善も抱き、あななふ所に御力の、輝く時ぞ来たるなり

770

善いさかへば悪なるぞ

善悪不二と云ひながら、悪と善とを区別して、導く教(おしえ)ぞ悪なるぞ

戦(いくさ)や天災では人の心は直らんと申してあろが今迄のどんなやり方でも人の心は直らんぞ
心得なされよ

今度は先づ(まず)心の建直しぢゃ
どうしたら建直るかと云ふこと、この神示(ふで)読んで覚りて(さとりて)下されよ

折角(せっかく) 神が与えたおかげも今の人民では荷が重いから途中で倒れん様に神(ふで)示を杖として下されよ
イキ切れん様になされよ

破れるは内からぞ
外からはビクとも致さんぞ

始末よくして下されよ
始末よく出来れば何事も楽になって来るぞ

下の神が上の神の名をかたりて来ることあるぞ
それが見分けられん様では取違ひとなるぞ

悪のやり方よ、早う善にまつろへよ
まつろへば悪も善の花咲くのぢゃぞ

何も判らん無茶苦茶者が、偉ら相(偉そう)な名の神がかりして、何も知らん人民をたぶらかしてゐるが、今に尻尾を出して来るぞ
尻尾つかまらん内に改心して神の道に従って来いよ

780

神は人民には見へん、たよりないものであるが、たよりないのが、たよりになるのであるぞ。

せく(急く)としくじるぞ

苦労なしには何事も成就せんぞ
苦を楽しめよ

縁あればこそ、そなた達を引寄せたのぢゃ

マコトになってゐれば何事もすらりすらりぞ

学や智や金がチラチラ出る様では、マコトが磨けては居らんのぢゃ

今の法律でも、教育でも、兵隊でも、宗教でも、この世は建直らんぞ

何でもない事が中々のことぢゃ

軽く見るから神示(ふで)分らんのぢゃ
人も軽く見てはならん

神に分けへだてなし
へだては人民の心にあるぞ

790

神の帖面 間違ひないぞ

思ふ様にならぬのは、ならぬ時は我の心に聞いて見るがよいぞ

大き器持ちて御座れよ
小さい心では見当とれんことになるぞ

神示(ふで)よく読んでグングン行って進めよ
行ふ所 神現はれるぞ

なせばなるのざぞ

御神前ばかり清めても誠(まけと)成就せんぞ
家の中 皆 御神前ぞ
国中(くにじゅう) 皆 御神前ざぞ
判りたか

夜寝る前に守護神の弥栄(いやさか)ほめよ
いたらざる自分悔いよ

大宇宙の弥栄(いやさか)生成化育は寸時も休むことなく進められてゐるのざぞ
弥栄が神の御意志ざぞ
神の働きざぞ
弥栄は実践ざぞ
人としては其の刹那々々に弥栄を思ひ、弥栄を実践して行かねばならんのざぞ

マツリせる者を善と云ひ、それに反する者を悪と云ふのざぞ
人々のことごとマツリ合はすはもとより、神、幽、現、の大和(大調和)実践して行かねばならんのざぞ

天地(あめつち)の大祓ひと呼応して国の潔斎(けっさい)、人の潔斎、祓ひ清めせねばならんのざぞ
与へられた使命を果たすには潔斎せねばならんのざぞ
かへりみる(省みる)、はぢる(恥じる)、くゆる(悔いる)、おそる(畏れる)、さとる(悟る)、の五つのはたらきを正しく発揮して、みそぎ祓を実践せねばならんのであるぞ

800

  • 最終更新:2018-02-16 21:18:54

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