601~650

己の行(ぎょう) 出来て居らんと、人の悪口 云はなならんことになるぞ
己の心 日々夜々改めねばならん

日本の国のミタマ曇ってゐることひどいぞ
外国、同様ながら筋通ってゐるぞ

型にはめると動きないことになるぞ
型外せと申してあらうが

自分で自分を監視せよ

顕斎のみでも迷信
幽斎のみでも迷信
二つ行って(おこなって)も迷信ぞ
二つ融け合って生れた一つの正斎を中として顕幽、両斎を外としてまつるのが大祀りであるぞ

食物 気つけよ

信仰は感情ぞ
飢えた人には食物

神まつれ、祖先まつれ、子孫まつれ、心まつれ、言葉まつれ、行まつれ、食物まつれ、着るものまつれ、住居まつれ、土地まつれ
感謝感謝で喜び来るぞ

奇跡では改心出来んのであるぞ

610

低うなるから流れて来るのぢゃ
高うなって天狗ではならん道理
頭下げると流れ来るぞ

喜び、愛から来るぞ

神様も神様を拝み、神の道を聞くのであるぞ

いざと云ふ時は日頃の真心もの云ふぞ

付け焼刃は付け焼刃

神拝む(おろがむ)とは、頭ばかり下げることでないぞ
内の生活することぞ
内外共でなくてはならん

金欲しい者には金もうけさしてやれよ
欲しいもの与へてやれよ
人間心、神心、逆様ぢゃ
与へることは戴くこと
まだ判らんか

地獄と思ふもの、地獄つくって地獄に住むぞ

口 静かせよ

外が悪くて中がよいといふことないのぢゃ
外も中も同じ性もってゐるのぢゃ

620

何も思案投首 一番罪深い

皆それぞれに喜び与へられてゐるでないか
何不足申すのざ

心して怪しと思ふことは、たとへ神の言葉と申しても一応は考へよ
神の言葉でも裏表の見境なく信じてはならん
サニワせよ
薬、毒となることあると申してあらうが
馬鹿正直、まことの道 見失ふことあると申してあらうが

道知るのみでは何にもならん
道味はへよ
歩めよ

大神の道には正邪ないぞ、善悪ないぞ
人の世にうつりて正と見え邪と見えるのぢゃ
人の道へうつる時は曇りただけのレンズ通すのぢゃ
レンズ通してもの見ると逆立(さかだち)するぞ
神に善と悪あるやうに人の心にうつるのぢゃ
レンズ外せよ

無き地獄、人が生むぞ
罪ぞ
曲(まが)ぞ

自分の小さいこと知れる者は、神の国に近づいたのであるぞ

神の道に進むために罵られる(ののしられる)ことは人民の喜びぞ
その喜び越えて神の喜びに入れば罵られることないぞ

神敬ふはまだまだぢゃぞ
早うサトリて、神に融け入れよ

理智(りち)がまことの愛ぞ

630

親よりも師よりも神愛せよ
その親、師は神から更に(さらに)愛されるぞ

大切なもの皆与へてあるでないか
人民は只(ただ)それをどんなにするかでよいやうに、楽にしてあるぞ

まことに求めるならば、神は何でも与へるぞ

心次第で皆救はれる

悪には悪の道、それ知らん善の神では、悪抱き参らすこと出来ん

この世の人民の悪は幽界にうつり、幽界の悪がこの世にうつる

統一ないところ力生れんぞ

人民の奉仕は神への奉仕
生活は奉仕から生れる

世界は大きな田畠
それ蒔け、それ蒔け、種を蒔け

この世は浮島ぞ
人民の心も浮島ぞ
油断禁物

640

肚に手あてて考へて見よ

野見よ、森見よと申してあらう
水の流れにも宗教あるぞ

覚(サ)めの生活 弥栄(いやさか)えるぞ

道端の、花の白きに、祈る人あり

曇りなく、今を祝詞(のりと)す、幸はへたまへ

祈り祈り結構と申して、邪の祈りは邪の道に落ちるぞ

先づ(まず)金が無ければと申してゐるが、その心まことないぞ
キがもととあれ程申しても未だ(まだ)判らんのか

自分に自分がだまされんやうに致しくれよ
自分の中に善の仮面を被った悪が住んでゐるに気つかんか

悪の霊はみぞおちに止まりがちぞ

足には足袋(たび)
手には手袋

650

  • 最終更新:2018-02-16 21:16:39

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