51~100

言葉の生命(いのち)は愛であり、真であるから、真愛から発しない言葉はマコトの言葉でないぞ

人民が正しく言葉すれば霊も同時に言霊するぞ
神も応へ給ふのであるぞ

言葉は神をたたへるものぞ
人をたたへるものぞ
生命をたたへるものぞ
万物をたたへるものぞ
マコトを伝へるものぞ
倶(トモ)に鳴り、倶に栄えるものぞ

言葉は生れ出るものぢゃ
先づ言葉され
歌となり
文章となり
又、絵画となり
彫刻となり
建築となり
又、音楽となり
舞踊となり
あらゆる芸術の元となるのであるぞ
神に通ずればこそ、愛であり、真であり、善であり、美であり、喜びであるぞ
喜びなきものは芸術でないぞ
今の芸術は死の芸術、魔の芸術

歓喜に裁きのない如く
神には裁きなし
さばき説く宗教はいよいよ骨なしフニャフニャ腰となるぞ
戒律や裁きは低い段階、過去の部分的一面に過ぎん
裁きを説くのは自分で自分をさばいてゐること
人民に罪なし

病むことは神から白紙の巻物をもらったことぢゃ
この巻物をどんなに読みとるかによって新しき道がひらけるのぢゃ
神からの巻物おろそかにするでないぞ

気の合う者のみで和して御座るなれど、それでは和にならんと知らしてあろうがな

真の懺悔(ざんげ)は正法をおさむることであるぞ
掃除することであるぞ

わざわひ(災い)と言ふものは本来無いのであるぞ
光をわすれ、光にそむくから、イヤな事がおこるのぢゃ、影がさすのぢゃ
禍とか悲しみとか言ふ暗いものがないのがマコトであるぞ

中心は無と申してあろう
中心は見えんから、判らんから、外のカスばかり見てゐるからつまらんことで、つまらんことが起ってくるのぞ
その見えぬ力が永遠の生命と現われるのであるぞ
見えるものは有限ぢゃ

60

世の大泥棒をタカヤマぢゃと申して、この世を自由にさせておいてよいのか
元の元の元をよく見極め、中の中の中の見えぬものを掴(つか)まねばならんぞ
そこから正さねば、外側からばかり清めても何もならん

根から出たものではない枝葉になるなよ

四ツ足を食ってはならん
神の民の食物は五穀野菜の類(たぐい)であるぞ

九分行ったら一休みせよ
始めから終りまで休まずに行くと、今の人民では息切れ致すぞ
一休みして自分の来た道をふり返れよ

この世の世話をさすために、人民には肉体を与えてあるのぞ

ささげるもの、与へるものは、いくらでも無限にあるでないか
ささげよささげよ
与へよ与へよ
言(ことば)こそは誰もがもてる 其(理)のささげものであるぞ
与へても与へても無くならんマコトの宝であるぞ

真中うごいてはならんと申してあろう
動くのは外ぢゃ
忙しい急しいと申すのは外側にゐる証拠であるぞ
気つけて早う中心に飛び込めよ

メクラの人民がいくら集まって相談すればとて、すればする程ヤミとなるのぢゃ
行き詰って あげもおろしも出来んことになるのぢゃぞ
総てを数だけで決めようとするから悪平等となるのぢゃ
メクラをいくら並べてみても何もならん
早う改心せよ
新しきタマの選挙があるでないか

氷と水と水蒸気ぢゃと申してあろうがな
同じであって違ふのぞと知らしてあろう
地には地の、天には天の、神には神の、人民には人民の、動物には動物の、植物には植物の、それぞれの法則があり、秩序があるのであるぞ

百は九十九によって用(ハタラ)き、五十は四十九によって、二十は十九によって用(ハタラ)くのであるぞ

70

一はいくら集めても一であるぞ
判らんものいくら集めても判らん道理
二は二、三は三であるぞ
一を二つ集めても二にはならんぞ
人民 大変な取違いを致して居るぞと申してあろうがな

戒律をつくってはならん
戒律がなくてはグニャグニャになると思ふであろうなれども、戒律は下の下の世界
今の人民には必要なれど、いつまでも、そんな首輪はいらんぞ
戒律する宗教は亡びると申してあろうがな

神が苦しむ時は人民が苦しみ
人民苦しむ時は神も苦しむのぞ
世界中の苦しみ、地上の苦しみ、天上の苦しみぞ

神に怒りはないのであるぞ
天変地異を神の怒りと取違ひ致してはならん
太神は愛にましまし、真にましまし、善にましまし、美にましまし、数にましますぞ
また総てが喜びにましますが故に怒りはないのであるぞ
若(も)し怒りが出た時は、神の座から外れて了ふのであるぞ

何事が起って来ても先づ喜んで迎へねばならんぞ
近づいてくるのは呼びよせたからぢゃ
こんないやな、きたないものは、ごめんぢゃと申す人民もあるなれど、それは皆 己の心のうつしでないか
内に無いものが外から近よる道理ないのぢゃ
どんなものでも、喜んでむかへるとよろこびとなる結構な仕組、よく会得せよ

何事も一段づつ、一歩づつぢゃ
一足飛びは大怪我のもと

時過ぎてタネまく人民多いのう

人民と申すものは天狗ざから、自分はよいのだが、世の中悪いのざと申してゐるなれど、世の中と申すものは大神のハタラキの現れであるから、大神の中でのうごきであるから、世の中が悪いと思ふのは、大神が悪いと思ふことになるのぢゃぞ
其処(そこ)に底知れぬ程の魔の仕組があるぞ
気つけおくぞ

木でも草でも皆、中から大きくなるのざと申してあろう
つけ焼刃や膏薬貼りで大きくなるのでないぞ

為せば成るぞ

80

六ヶ敷い(むずかしい)こと申してゐるのではない
自分の中の自分を掃除して、自分の外の自分を洗濯して磨けと申しているのぞ
内にあるものを磨けば外からひびくものも 磨かれた、けがれのないものとなるのぢゃ

人民は我(ガ)が強いから一番おくれてゐるのであるぞ
人民の中では宗教人が一等おくれてゐるぞ
他人におんぶされたり、車に乗せられてゐた人民たちよ
自分の足で歩まねばならんぞ
大地をふみしめよ
大地の気が身内に甦るぞ

奇数と奇数を合わしても偶数
偶数と偶数を合わしても偶数であることを忘れてはならんぞ
奇数と偶数を合わして初めて新しき奇数がうまれるのであるぞ

道は口で説くものではない、行ずるものである
教(おしへ)は説かねばならない

多数決が悪多数決となるわけが何故に判らんのぢゃ
投票で代表を出すと殆んどが悪人か狂人であるぞ
世界が狂ひ、悪となり、人民も同様となっているから、その人民の多くが選べば選ぶ程、益々混乱してくるのであるぞ
それより他に人民の得心出来る道はないと申してゐるが、道はいくらでもあるぞ
人民の申してゐるのは平面の道、平面のみでは乱れるばかり
立体にアヤなせば弥栄えて真実の道が判るのぢゃ

区別すると力出るぞ
同じであってはならん
平等でなくてはならんが、区別なき平等は悪平等である

天に向って石を投げるようなことは、早くやめねばならん
霊かかりもやめて下されよ

人民が絶対無と申してゐるところも、絶対無ではない
科学を更に浄化弥栄させねばならん

着手は出来る処(ところ)からぞ
つかめる所からつかめよ
部分からつくり上げなされよ

我出してはならん
そなたはそれでいつもしくじってゐるでないか
天狗ではならん

90

心出来たら足場固めねばならん

神の足場は人ぢゃ

気の合う者のみの和は和ではない
色とりどりの組合せ、ねり合せこそ花さくぞ
総てが神の子ぢゃ
中々に合わんと申すなれど、一つ家族でないか
心得なされよ
大き心、広き心、長い心、結構結構

夫婦けんかするでない
夫のみいかんのでない
妻のみ悪いのでないぞ
お互いに己の姿を出し合ってゐるのぞ
よく会得せよ

一はいくら集めても一ぢゃ。二も三も四も五も同様ぞ。

病むことは神から白紙の手紙を頂いたのぢゃと知らしてあろう
心して読めよ
ありがたき神からの手紙ぞ
おろそかならん

腹八分
二分は先づささげよ
運ひらけるぞ
病治るぞ

逃げ道つくってから追わねばならん
そなたは相手の逃げ道をふさいでギュウギュウ追ひつめるから逆うらみされるのぢゃ
逆うらみでも恨みは恨みの霊団をつくり出すぞ

悪を抱けよ
消化せよ
浄化せよ
何も彼も(なにもかも)太神の許し給えるものなるが故に存在する

そなたは神にこり固まってゐるぞ
こり固まると動きのとれんことになる
一度そなたのもつ神をすてるとよいぞ
すてると掴めるぞ

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  • 最終更新:2018-02-16 21:07:33

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