451~500

悪を意志して善を理解すること許さんぞ
悪を意志して善を理解せんとするのが悪ぞ
善を意志して悪を理解せんとするのも悪ぞ
悪を意志して悪を理解する処に、善としての悪の用(はたらき)うまれるのざ
幽界も亦(また)神のしろしめす一面のこと

真の理解に入ると宗教に囚はれなくなるぞ
形式に囚はれなくなるぞ
真の理解に入らねば、真の善も、真の信も、真の悪も、真の偽りも判らんのぢゃ

人間を幸福にするのは心の向け方一つであるぞ

人間はいつも善と悪との中にゐるのであるから、善のみと云ふこともなく悪のみと云ふこともない
内が神に居りて外が人に和し、内が霊に居り外が体に和せば、それでよいのぢゃ
其処(そこ)に喜び生れるのぢゃ

天国の意志は人間の喜びの中に入り、幽界の意志は悲しみの中に入る

一つの魂を得ることは一つの世界を得ることぢゃ
人間は一人でないぞ

神は善人の中にも悪人の中にも呼吸してゐるぞ
悪なくては生きて行けん
悪は悪でないぞ
外道の悪が悪であるぞ

霊ばかりよくてもならん
体ばかりよくてもならん
もちつもたれつの世であるぞ

判らんのは、われが偉いと思ってゐるからぞ

目覚めれば その日その時からよくなる仕組
結構楽し楽しで どんな世でも過ごせるのが神の道

460

智の中に悪をとり入れるゆとりの出来んやうではマコト成就せんぞ
智の中には総てを取入れて理解出来るやうになってゐるのであるぞ
愛の中に悪入れてはならんぞ

目さめたら起き上がるのぞ
起き上がらずには居れまいが
神の命ずることは丁度そのやうに人間にうつるのぞ

ものに対しては人間そのものが霊であるぞ
人間はこの世の神と申してあらうが
ものは人間の自由自在

偶像は排すべし
十像は拝すべし

悪に行く理(ミチ)はないぞ
理は善のみに通じてゐるぞ
理なきところ進むでないぞ

愛からはなれた理解はないぞ
善からはなれた真理はないぞ
タネなくて芽は出ん道理

人間の智で判らんことは迷信ぢゃと申してゐるが、神界のことは神界で呼吸(イキ)せねば判らんのぢゃ

学に囚はれて まだめさめん気の毒がウヨウヨ
気の毒ぢゃなあ

人間は霊人のカタシロ(形代)になるからこそ養はれてゐるのぢゃ
成長して行くのぢゃ

血は愛によって生き、愛はヨロコビによって生きるのぢゃ
ヨロコビなき所に愛はないのざぞ
・ないところ生命(イノチ)栄えんぞ

470

まかせ切らねばマコトの安心立命ないぞ
まかせ切るには、まかせ切って安心出来る神をつかまねばならん
おかげ信心や病気治しの神ではまかせ切れまいがな
早う合点結構ぞ

大きな生命に通ずる者には死はないぞ
通じなければ死あるぞ

身も心も嬉し嬉しなるのがまことの神ぢゃ
ものの嬉しさだけではゼロぢゃ
たまの嬉しさだけでもゼロぢゃ
よく心得なされよ

死後のみ説く宗教はゼロの宗教ぢゃ
迷ふでないぞ
この世で天国に住めんもの、天国に行ける道理ないのぢゃと申してあらう

神は人間の命、人間は神の容れものであると申してあらう
人間の極まるところは神であるぞ
霊人は中間の存在ぞ
人間は神への土台ぞ
この道理判るであらうが

顔まで変ってゐるのに未だ気づかんのか
病気に皆がなってゐるのに未だ気づかんのか
何事も早い改心結構

自分で自分の心の中は中々につかめんものであらうがな
その中に又心あり、又中に心があるのぢゃ
心は神界ぞ

何事も体験結構

今の人民の迷信と思ふものの中に正信あるぞ
正信と思ふものの中に迷信多いぞ
理解は正信

自分の自由にならんことは大き自分が自由にしてゐるのであるぞ

480

悪とはカゲのことであるぞ
斜めに光を頂くから影出来るのぢゃ
影は主人でないぞ、主人になれぬぞ

この神示、肚に入ったらグレンと変りて来るぞ
早う肚に入れて下されよ

天の声は内から聞こえて来る
人間の言葉は外から聞こえて来る
霊耳と申すのは内からぞ
耳ふさいでも聞こえて来るのぢゃ

心は草にも木にも石にもあるぞ
天にまたたく星にもあるぞ
ただ薄いか厚いかの相違であるぞ

・の中の ・に悪は入れんのであるぞ
外の ・の中に、外の智の中に悪が入るのぢゃ
人間の智の中には悪も善も入るぞ
入るからこそ、これは善ぢゃ、これは悪ぢゃと判るのぢゃ
人間の自由は其処にあるのぢゃ
自由なければ発展ないぞ
弥栄ないぞ

神は理屈ではない
理であるぞ
生きた自由自在の、見当とれん、絶対であるぞ
只求めるより他に道ないぞ
親呼ぶ赤児の声で神を求めよ
神に呼びかけよ
総てを投げ出せよ
まかせ切れよ
神は喜びの光となって、そなたに現はれて来るぞ
理屈の信仰に囚はれると邪道
赤児心の理解は第一ぞ

神は人間の想念の中に入ってゐるのぢゃ
想念が一致するから神の想念が人間に伝はるのぞ
人間の言葉となって人間に現はれる
言は神であるが人間でもあるぞ
自分が自分に語るのであるぞ
この道理、よく心得なされよ

時まちて起き出て下されよ

恨みの霊は中々にとけんぞ
思ひは能(ハタラ)き、実在と申してあらうが
間違ひでも恨まれると、恨みがまとひつくぞ

心して神を求め、心して幽界からのキ断ちて下されよ

490

判ったと思うたら天狗ぞ
かへりみるとよくなる仕組

喜びにとけ入るから嬉しいのぞ
喜びから遠ざかるから悲しいのぞ
そんなこと分ってゐると申してゐるが、ほんとに身体に分ってゐまいぞ

喜びに入る門は愛からぢゃ、真からじゃ
二道あるなれど愛から入るのが入り易いが、愛からでは誤り易い

生れてすぐ歩けるものでないぞ
始めから何も彼も(なにもかも)出来るものでない
気長に進んで行けよ

心大きく、広く天地に放さねば、天地のキを吸ふこと出来んぞ

運命は自由自在のものではあるが、又強ひるものでもあるぞ
大きくも、小さくも、薄くも、厚くも、その人の心次第に変るぞ
もとは霊界にあるからぞ
嬉し嬉しで運命を迎へる気、結構ぞ

この世のことだけで この世のこと動かんぞ
霊界との関係によって、この世が動いてゐる道理判らねばならん
早う神の心に、神意さとれよ
遠慮はいらん
何事も天から出て来るのぢゃ
天からとは心からのことぢゃ

表(おもて)ばかり見てゐるから判らんのぢゃ
水晶の心なれば三千里先のこともありやか

人民と云ふものは奇跡見ても、病気になっても、中々改心出来んものぢゃ
死後の生活がハッキリ判っても、未だ改心出来んのぢゃ
それは外からのものであるからぢゃ
まことの改心は、中の中の ・のキいただいて、ほっこん(発根)の改心出来ねばならん

内の自分と外の自分と和せよ
それが改心の第一歩

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  • 最終更新:2018-02-16 21:13:59

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