1351~1400

人の知恵で一つでも善き事したか、何もかも出来損なひばかり、にっちもさっちもならんことにしてゐて、まだ気がつかんか

世事(よごと)はなにかも上下ひっくり返ってゐるから、分らんからぞ
神の心になれば何事も分るから、鏡を掃除して呉れよ

神に目を向ければ神がうつり
神に耳向ければ神がきこえ
神に心向ければ心にうつる
掃除の程度によりて神のうつりかた違うぞ
掃除出来た方から神の姿うつるぞ
それだけにうつるぞ

みたまとは身と魂と一つになってゐるもの云ふぞ

身魂(みたま)の洗濯とは心の洗濯とは、魂ばかりの洗濯でないぞ
よく気をつけて呉れ

人民の心の鏡凹(くぼ)んでゐるから、よきことわるく映り、わるきことよく映るぞ

淋しくなりたらたづねてござれ

我(が)を張ってゐると、いつまでも分らずに苦しむばかりぞ

われの慾(よく)ばかり言ってゐると大変が出来るぞ

雨の日は雨、風の日は風といふこと分らんか
それが天地の心ぞ
天地の心を早う悟りて下されよ

1360

捨てるとつかめるぞ

慾が出ると分らんことに、盲(めくら)になるから、神、気つけるぞ

神の民の言葉は神たたえるものと思へ
人ほめるものと思へ
それで言霊(ことたま)幸はふ(さちわう)ぞ
それが人民の言葉ぞ
わるき言葉は言ってはならんぞ
言葉はよき事のために神が与へてゐるのざから忘れん様にな

けものさへ神の御旨(みむね)に息せるを
神を罵る(ののしる)民のさわなる(騒なる)
草木さへ神の心に従ってゐるではないか
神のむねにそれぞれに生きてゐるでないか
あの姿に早う返りて呉れよ

道は自分で歩めよ
御用は自分でつとめよ
人がさして呉れるのでないぞ
自分で御用するのぞ
道は自分で開くのぞ
人頼りてはならんぞ

逆立ちして歩くこと、なかなか上手になりたれど、そんなこと長う続かんぞ
あたま下で手で歩くのは苦しかろうがな
上にゐては足も苦しからうがな
上下逆様と申してあるが、これでよく分るであろう
足はやはり下の方が気楽ぞ
あたま上でないと逆さに見えて苦しくて逆様ばかりうつるぞ
この道理分りたか

学や知恵では外国にかなうまいがな
神たよれば神の力出るぞ

善いこと言へば善くなるし
わるきこと思へばわるくなる道理分らんか

苦しくなりたら何時でも(いつでも)ござれ
その場で楽にしてやるぞ

改心が第一ぞ

1370

喧嘩して大き声する所にはこの方(このほう)鎮まらんぞ
この事忘れるなよ

親となり子となり夫婦となり、兄弟(はらから)となりて、生きかわり死にかわりして御用に使ってゐるのぞ
人民同士、世界の民、みな同胞(はらから)と申すのは喩へ(たとえ)でないぞ
血がつながりてゐるまことの同胞ぞ
はらから喧嘩も時によりけりぞ

何もかも持ちつ持たれつであるぞ

人民喜べば神も喜ぶぞ

いつも剣の下にゐる気持で心ひき締めて居りて呉れよ

臣民 口でたべる物ばかりで生きてゐるのではないぞ

今は悪が栄えてゐるのざが、この世では人間の世界が一番おくれてゐるのざぞ
草木はそれぞれに神のみことのまにまになってゐるぞ
一本の大根でも一粒の米でも何でも貴くなったであろが
一筋の糸でも光出て来たであろがな
人民が本当のつとめしたなら、どんなに尊いか、今の人民には見当とれまいがな
神が御礼申すほどに尊い仕事出来る身魂ぞ

戦(いくさ)恐れてゐるが臣民の戦くらい、何が恐いのぞ
それより己の心に巣くうてる悪のみたまが恐いぞ

山は神ぞ、川は神ぞ、海も神ぞ、雨も神、風も神ぞ、天地みな神ぞ、草木も神ぞ
神祀れと申すのは神にまつらふことと申してあろが
神々まつり合はすことぞ
皆何もかも祭りあった姿が神の姿、神の心ぞ
みなまつれば何も足らんことないぞ
余ることないぞ
これが神国の姿ぞ
物足らぬ物足らぬと人民泣いてゐるが、足らぬのでないぞ
足らぬと思ふてゐるが、余ってゐるではないか

この世は人間にまかしてゐるのざから、人間の心次第ぞ
しかし今の人民のやうな腐った人民ではないぞ
いつも神かかりてゐる人民ぞ
神かかりと直ぐ分かる神かかりではなく、肚(ハラ)の底にシックリと神鎮まってゐる臣民ぞ
それが人間の誠の姿ぞ

1380

何事も洗濯第一

言(言葉)に気をつけよ

人民にわかる様にいふなれば、身も心も神のものざから、毎日毎日 神から頂いたものと思えばよいのであるぞ
それでその身体(からだ)をどんなにしたらよいかと云ふこと分かるであろうが
夜になれば眠ったときは神にお返ししてゐるのざと思へ
それでよく分かるであろうが
身魂みがくと申すことは、神の入れものとして神からお預りしてゐる神の最も尊い宝としてお扱いすることぞ

泥棒が多くなれば泥棒が正しいと云ふことになるぞ
理屈は悪魔と知らしてあろが

臣民の食ひ物、足りるやうに作らしてあるに、足らぬと申してゐるが、足らぬことないぞ
足らぬのは、やり方わるいのざぞ

高い所から水流れるやうに時節に従ひて居れよ

人間の戦や獣の喧嘩ぐらいでは何も出来んぞ

何よりも改心が第一ぞ

神の申すこと何でも素直にきくやうになれば、神は何でも知らしてやるのぞ

臣民 神にすがれば、神にまつはれば、その日からよくなると申してあろが
何も六ヶ敷い(むずかしい)ことでないぞ

1390

今の臣民、学に囚へられて居ると、まだまだ苦しい事出来るぞ
理屈ではますます分らんやうになるぞ

まつりまつりと、くどく申して知らしてあるが、まつり合はしさへすれば、何もかも、うれしうれしと栄える仕組で、悪も善もないのぞ
まつれば悪も善ぞ、まつらねば善もないのぞ
この道理分りたか

われがわれがと思ふてゐるのは調和(まつり)てゐぬ証拠ぞ

世界中の臣民はみなこの方の臣民であるから、殊に(ことに)可愛い子には旅させねばならぬから、どんなことあっても神の子ざから、神を疑はぬ様になされよ
神を疑ふと気の毒出来るぞ

改心すれば助けてやるぞ
鬼の目にも涙ぞ
まして神の目にはどんな涙もあるのざぞ
どんな悪人も助けてやるぞ
どんな善人も助けてやるぞ

砂糖にたかる蟻となるなよ

牛の喰べ物たべると牛の様になるぞ、猿は猿、虎は虎となるのざぞ
人民の喰べ物は定まってゐるのざぞ

獣の喰ひ物くふ時には、一度 神に献げて(ささげて)からにせよ
神から頂けよ
さうすれば神の喰べ物となって、何たべても大じょうぶになるのぞ
何もかも神に献げてからと申してあることの道理よく分りたであろがな
神に献げきらぬと獣になるのぞ
神がするのではないぞ、自分がなるのぞと申してあることも、よく分ったであろがな

あらしの中の捨小船と申してあるが、今その通りとなりて居ろうがな
何う(どう)することも出来まいがな
船頭どの、苦しい時の神頼みでもよいぞ、神まつりて呉れよ、神にまつはりて呉れよ
神はそれを待ってゐるのざぞ
それでもせぬよりはましぞ
そこに光あらはれるぞ
光現はれると道はハッキリと判りて来るのぞ
この方(このほう)にだまされたと思うて、言ふ通りにして見なされ
自分でもビックリする様に結構が出来てるのにビックリするぞ

遠くて近きは男女だけではないぞ
神と人、天と地、親と子、喰べる物も遠くて近いがよいのざぞ

1400

  • 最終更新:2018-02-16 21:25:51

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